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2019年12月30日月曜日

12/21に母・高山成子(81歳)が永眠しました。

12/21に母・高山成子(81歳)が永眠しました。
突然のことで心の整理がつかず、中々眠れず、ご報告もできませんでした。マドレの仲間たちが持ち前のお節介マインドで、放っておかずに、けれど仕事関係はすべて引き受けてくれて感謝しています。


20日(金)早朝に四女が発熱したものの病児保育の空きがなく、産後クラスもマタニティクラスも大事な最終回ということで困った時の母頼みしていました。夕方お迎えに行って、おしゃべりして、夜ご飯を1人で食べに行く母の背中を見送りました。その夜、2クラス分のブログ、お礼メール、報告書などすべて書き終えて、缶チューハイを開けた22:30に、弟から母が救急で運ばれたとの電話。81歳ながらよく飲んでよく酔って転んで車で迎えに行ってたので、軽い気持ちで迎えに行ったら、なんとか強い薬で呼吸をさせているものの手遅れの状態でした。行きつけの小さなイタリアンで1人でご飯を食べて、飲んで、いつものようにちょっと居眠りしている間に心不全をおこしたとのことでした。苦しまずに逝けたのが、せめてもの救いです。
屋久島で9人兄弟の7番目として生まれ、54年前に父と結婚し、兄、姉、私、弟の4兄弟を育て、孫8人に恵まれ、それでも飽き足らず、私の夫はもちろん友人たちも子どものように接してくれました。学生時代にバイト仲間の石垣島の友達(むさくるしい男どもw)を毎週7,8人連れ帰って来るのですが、いつも歓迎し、ビールをふんだんに出して途中までは一緒に陽気に飲んで、翌朝もゴロゴロ倒れている大学生たちをニコニコ見守っているような母でした。全国各地に「成子母さん!」と慕う子どもたちがいます。
さらに孫への溺愛は目を見張るほどで、このご時世に「産めるなら何人でも産んでほしいわ。面倒は見るから」と言って、働きながらの子育てをずっと応援してくれました。当日も私の細かな仕事がすべて終えるタイミング、何より、末の孫がもうめったに熱を出さなくなった小学生になるタイミングまで見計らっていたようです。母の応援を無駄にしないためにも年明けからは全力投球で、仕事をしていきます。更年期はこうして別離や介護のことなど重なる時期なんだなと改めて実感し、1/9と16に延期した講座にも活かしていきます。
昨日、おとといに通夜・告別式を無事終えました。足をお運びくださったみなさま、本当にありがとういます。年末年始恒例の産後ケア教室やマタニティケア教室の振り返り、そしてベスト映画の選出wについては映画が大好きだった母のためにも、必ずや書きたいと思います。みなさまどうぞよいお年をお迎えください。

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